動けないときは「原因探し」より「次の状態」を見る
何かを変えたいのに、なかなか動けない。
そんなとき、私たちはつい「なぜこうなったのか」を考えてしまいがちです。
どうして片付けられないのだろう。
どうして先延ばししてしまうのだろう。
どうして疲れているのに休めないのだろう。
もちろん、振り返ることは大切です。
原因を見つめることで、自分の傾向や無理のかかり方が見えてくることもあります。
ただ、原因探しばかりが続くと、かえって動けなくなることがあります。
過去を見つめることと、今の行動を決めることは、少し違うからです。
「散らかっているから片付ける」と「快適に作業したいから片付ける」
たとえば、テーブルの上が散らかっているとします。
「散らかっているから片付ける」
これは自然な考え方です。
目の前の散らかりを見て、片付けようと思うことはよくあります。
でも、こんなふうにも言えます。
「快適に作業したいから片付ける」
片付けるという行動は同じです。
けれど、行動の出発点が変わります。
前者は、問題を消すための行動。
後者は、作りたい状態に近づくための行動です。
この違いは、とても小さなようでいて、実は大きいと思います。
「散らかっているから片付ける」だと、どこまでやれば終わりなのかが曖昧になりやすく、つい完璧を目指して疲れてしまうことがあります。
一方で「快適に作業したいから片付ける」なら、机の上に必要なものだけ置ければ、今日はそれで十分かもしれません。
原因を見つめることと、今を決めることは違う
私たちは、思うようにいかないとき、過去から今を見がちです。
こういうことがあったから疲れている。
今までこうだったから、今回も難しい。
あのときのことが大きすぎて、まだ動けない。
それは嘘ではないし、無視してよいことでもありません。
むしろ、そこを丁寧に見ないと納得できないこともあります。
でも、ある程度見つめたあとには、別の視点も必要になるのだと思います。
それが、「これからどんな状態を作りたいか」という見方です。
過去を見ることは、自分を理解するため。
未来を見ることは、今の行動を決めるため。
この二つは似ているようで、役割が違います。
大きな理想ではなく、「次の状態」でいい
未来を考えるというと、立派な目標や大きな理想を思い浮かべる方もいるかもしれません。私もそうです。
でも、毎日の暮らしの中では、そんなに大きなものでなくてよいのだと思います。
- 少し快適に作業したい
- 朝、最初の一つに取りかかりやすくしたい
- 今日は疲れすぎないようにしたい
- わかりやすく伝わる文章にしたい
そんな小さな「次の状態」で十分です。
その状態が少し見えると、行動が決めやすくなります。
快適に作業したい
→ 机の真ん中だけ空ける
朝、最初の一つに取りかかりやすくしたい
→ 前日のうちに最初の仕事を一つだけ書いておく
わかりやすく伝わる文章にしたい
→ 最初の一文だけ見直す
いきなり大きく変わる必要はありません。
今つかめる一歩が見えれば、それで十分です。
動けないときほど、「次に作りたい状態」を見る
人は、疲れているときや気持ちが重いときほど、目の前の問題に引っ張られやすくなります。
散らかっている。
進んでいない。
できていない。
また今日も無理だった。
そんなふうに「足りないところ」ばかり見てしまう日もあります。
けれど、そこで少しだけ視点を変えて、
今日はどんな状態を作れたら少し楽だろう
何ができたら今日は前進と言えるだろう
と考えてみると、今やることが少しだけ見えやすくなることがあります。
問題を全部なくすことはできなくても、次の状態を一つ作ることはできるかもしれません。
まとめ
動けないとき、原因を見つめることは大切です。
でも、原因を考えることだけでは、今の行動が決まらないこともあります。
そんなときは、
「何が悪かったか」
だけでなく、
「どんな状態を作りたいか」
を見てみる。
すると、今やる小さな一歩が見えやすくなります。
「散らかっているから片付ける」ではなく、
「快適に作業したいから片付ける」。
そんなふうに、作りたい状態から今を決める。
それだけでも、毎日の動き方は少し変わるのかもしれません。
関連記事:

この記事へのコメントはありません。